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大分家庭裁判所中津支部 昭和47年(家イ)32号 審判 1973年1月08日

申立人 早田国夫(仮名)

相手方 早田光代(仮名)

主文

相手方は申立人の嫡出子であることを否認する。

理由

申立人は、主文と同旨の審判を求め、その事由として述べる要旨は、「申立人は相手方の母舟井友子と昭和三八年五月二日適式に婚姻し、同四六年六月二二日調停離婚したものであるところ、相手方は右友子が申立人と離婚後の同年九月二五日分娩した女児で、離婚後の法定期間内に出生したため申立人の嫡出子として戸籍に登載されているが、真実は申立人の子ではなく、右友子が申立外上原博志と関係して懐妊し出産した他人の子であつて、この事実は右舟井友子も認めているところである。よつて戸籍の記載を真実の身分関係に符合させるため本申立てに及んだ。」というものである。

しかして、昭和四七年一一月二八日の第二回調停期日において当事者間に主文と同旨の審判を受けることについて合意が成立し、その原因についても争いがない。

よつて、当裁判所は、申立人、相手方、舟井友子の各戸籍謄本ならびに申立人および相手方の母(右舟井友子)に対する各審問、鑑定人中野繁(産婦人科医院長・医学博士)の鑑定などによつて必要な事実の調査をしたところ、(イ)申立人と相手方の母舟井友子は昭和三八年五月二日適式に婚姻して同棲し、同三九年二月一七日長女宏子を儲けたが、その直後頃申立人は友子の叔父(同女の父の実弟)が予ねてからハンセン氏病で隔離療養中であることを知り生来潔癖な申立人は、右友子の家系の素質遺伝等によつて自己の子孫に同様の疾患者の出ることを極度に恐れ爾来同女とも相談のうえ、同女との性交に当つては膣外射精に徹し完全避妊をはかつてきたこと(ロ)右友子が相手方を分娩した日時を基準として、一般成熟児の在胎期間が二八〇日前後であることならびに妊娠可能期間は最終月経日に当人の月経周期を加えた応答日である次回月経予定日前一二日乃至一九日の八日間であること等の事実からその受胎期を逆算すると、それは昭和四六年一月一四日から同月二一日までの間と推定されるが、これは右友子の供述のごとく同女の月経周期が四〇日であり、またその最終月経日が同四五年一二月二三日であるとした場合におけることであつて、もし同女の月経周期が三〇日(月経周期はときに変動することがあり、同女の場合その周期が三〇日であつたこともあり、必らずしも一定しておらなかつたことが窺われる。)であるとした場合には、右受胎期は同四六年一月四日から同月一一日までの間となるし、また同女の右最終月経日に数日でも錯覚誤算があつたとすれば、右受胎期はさらに若干ずれることになるので、同女の相手方受胎期についてはすくなくとも同年一月四日から同月二一日までの間の幅は考えられなければならないこと(ハ)申立人と右友子との間は前記申立人の膣外射精や同女と姑との確執等から次第に溝が掘られ、婚姻時より五、六年経過した頃から離婚話等が出ていたが、同四五年一〇月初頃同女は申立人との同居生活を廃して中津市内の実家に帰えり同市内の建設会社事務員として働いているうち同会社の配管工上原博志と慇懃を通ずる仲となり、同人と同市内旅館等で頻繁に性交渉をもつに至つたこと(ニ)同女はその後同四六年一月六、七日頃申立人によつて強引に宇佐郡○○町所在の婚家に連れ戻され申立人との同棲生活に復帰し、同年五月初頃まで右生活を続け、この間申立人との間に肉体関係ももつていたが、申立人は従前同様性交時厳格に膣外射精を実行し、これは同人が教育者(大学卒業の中学社会・理科担当教諭)で、かつ極めて意志鞏固な性格のもち主であることから、避妊手段として十分奏効しておつたとみられること(ホ)右友子は申立人によつて婚家に連れ戻される直前の同年一月四、五日頃すなわち前記受胎可能期間の初期頃右上原と性交したことがあつたのみならず、右連れ戻された後もときどき右上原と密会し情交関係をもつていたことが窺われること(ヘ)申立人と右友子との間に出生した長女美子はその外貌その他身体的特徴が申立人に酷似しているのに相手方は申立人に似ておらないこと(ト)ところで、血液型は申立人、相手方ならびに右舟井友子の三者がいずれもO型で、O型同志の間ではO型の子しか産まれないので、この点からは申立人と相手方との間に一応父子的血縁関係の存在が推定されるのであるが、他面右上原博志の血液型がO型である場合は勿論、A型あるいはB型である場合でも、同人とO型である右舟井友子との間にはO型の子が出生し、右上原がAB型である場合以外は、O型以外の子の出生はあり得ないものであるから、同人がみぎAB型でないかぎり同人と相手方との間の父子的血縁関係の存在も否定し得ないものであるところ、右上原は当裁判所の審問に出頭せず、鑑定のための採血にも応じないので血液型からは父子関係の存否が確定できないこと(因みに本件鑑定では、施設の関係からいわゆるABO式血液型以外のRH式、MN式等の血液型による判定は実施できなかつた。)(チ)しかし、相手方は申立外上原博志にその外貌が似ているだけでなく同人および同人の実子二人と同様に前額部位に極めて明瞭な旋毛、いわゆる「つむじ」が存するという顕著な身体的特徴の類似性がみられるところ、申立人および相手方生母の右友子ならびに右両者間に出生した前記長女美子の三名にはかかる身体的特徴が全くないので、右申立外上原と相手方との間に存する右身体的特徴の酷似性は生物学上ないし医学上両者間に形質遺伝的関係ないし父子的血縁関係の存することを極めて高度の蓋然性をもつて推定させるものであること等の事実が認められる。

以上の事実によるときは、申立人と相手方の生母である右舟井友子との間には申立人が前記避妊手段を講じはじめた昭和三九年二月中旬頃以降人為的な受胎障害の状態が継続しており、右友子が相手方を懐妊した可能性のある期間帯と推定される同四六年一月四日から同月二一日までの間においても同女は申立人の子を受胎する可能性がなかつたのみならず、むしろ相手方は申立外上原博志と右舟井友子との性交渉によつて出生したものとみられる社会的事実関係ならびに生物学上の遺伝的関係が明認されるので、かかる場合においては申立人と相手方との間における民法第七七二条第一項所定の嫡出性の推定は覆えるものと考えるのが相当であり、結局右両者間に父子関係の存しないことを肯認するに足るものといわなければならない。

ただ、本件のような場合には嫡出性の推定まで排除されるものであると考えることは相当でない。

けだし、性交時の膣外射精による受胎障害というがごとき事実は、閨房の秘事として夫婦間における高度の秘密に属し、夫婦間の事実上の離婚・別居、夫の長期不在・行方不明等それ自体公然性を具えている事実による懐胎不能などとは、自ら異なり、他人の不可触的聖域ともいうべきであるから、これを理由とする父子関係否認の訴等は民法第七七七条所定のごとき厳格な要件に服させることが必要であつて、たやすく嫡出性の推定を排除しいつでも、また利害関係ある一般第三者からでも右趣旨の訴を提起できるところのいわゆる「推定されない嫡出子関係」として位置づけることは、夫婦・家庭の秘密保持のため認められた「嫡出否認厳格性」の原則をみだすことになり、妥当でないからである。

しかして、申立人の本件申立が相手方の出生を知つた時から一年以内になされておることは、本件記録上明白で(当裁判所の受付は昭和四七年七月二〇日となつている。)、民法第七七七条(出訴期間)の要件も充たしておるので、前記合意を正当と認め、調停委員秋吉淳同深尾鶴子の各意見を聴き、家事審判法第二三条に則り、主文のとおり審判する。

(家事審判官 石川晴雄)

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